2010年03月11日

「木・林・森」

お気づき (?) のように、灰・土・鳥・紙・米と漢字一文字の話を続けてきました。
今回は、木・林・森の3つをまとめて語りたいと思います。

「木」 は、幹に枝が生え、根が張っている状態を表す象形文字。喬木 (高木)、灌木 (低木) の総称。
「林」 は、広辞苑によれば “生(はやし)” の意味で、“樹木の群がり生えた場所” を指す。

「森」 は、“樹木の茂り立つ所” であるが、“神霊のよりつく樹木の茂った霊域” の意もあるという。
“稲作以前” (弥生時代以前の縄文時代) には、平野でなく山や森が人々の生活の中心であった。

鹿や猪を狩猟し、栗やドングリを採集するだけでなく、焼畑や常畑で雑穀を栽培していたという。
森を崇めるのは “森は生活を支える大切な存在である” という精神が今も続いているからであろう。

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          《緑色はスギ・ヒノキ 金色に輝くのはシイノキの花》

2010年03月08日

「ミモザ」

1904年の今日、ニューヨークの女性労働者たちが、婦人参政権を要求してデモを行いました。
このことが発端となって各地で女性の権利獲得のための運動が巻き起こり・・・

ついには国連が、1975年から、3月8日を 「国際女性デー」 と定めたのです。
イタリアでは、この日に男性が日ごろの感謝を込めて、女性にミモザの花を贈ります、

そのためこの日は 「ミモザの日」 とも呼ばれ、街中にミモザの花が溢れるといいます。
ミモザとは、オーストラリア原産のアカシア (フサアカシア、ギンヨウアカシア) のことです。

ブルーボネットの冬は寒くて北風が強いので休園し、施設の修繕や花の植栽などを行います。
3月に開園して最初に咲く木の花がミモザです。入り口広場に花開いていてお客様をお迎えします。

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   《日本の男性は女性に花を贈ることが苦手? でも今日はぜひ !! 》

2010年03月04日

「米」

米は日本人の主食。稲作は、我が国では弥生時代 (BC3世紀~AD3世紀頃) に始まったという。
BC3世紀といえば、中国では 「秦の始皇帝」 が国を統一し、その後に 「漢」 が成立した時代である。

そのために中国南部・揚子江流域に成立していた稲作・漁労を中心とする長江文明は・・・
秦・漢など北部の黄河流域で発達した強大な国家により、強い圧迫を受けることとなる。

移動を余儀なくされた稲作農民は、一部は揚子江をさかのぼって雲南省などの高地に移住し・・・
一部はボートピープルとなって長江を下り、東シナ海を渡って北九州に安住の地を求めたという。

ちょうどそのころは地球の寒冷期に当ることから、日本列島の河口の三角州は干上がっており・・・
水田をつくるのに格好な平坦地が供給されたのだという。   古代史の “ひとくさり” でした。

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          《奈良・平城宮跡近くの水田 稲刈りの終わった晩秋の風景》

2010年03月01日

「紙」

コンピューターの発達で “ペーパーレス時代到来” とは言うけれど、紙のない生活は考えられない。
朝起きて最初にするのは、まず新聞を読むこと、そしてトイレ (失礼!)。

地下鉄での通勤では文庫本を読み、車内吊りのポスターで情報を仕入れる。
仕事はほとんどパソコンで行うけれど、コピーやファックスに紙は必須である。

人類文明の中で文字と紙の発明は、記録と伝達の手段として最も重要なものであったのだろう。
紙は古代中国で発明された。木や草の繊維をほぐして水に溶かし、すのこや網などで漉く。

和紙はコウゾやミツマタなど樹皮の繊維、洋紙は木材のセルロースを原料とする。
紙が発明される以前には、エジプトではパピルスに、日本では板の木簡に文字を記していた。

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2010年02月26日

「鳥」

そのころ (いつのこと?) の東山植物園の事務所は、木造の平屋建てであった。
山荘風で外壁は丸太積み、天井はへぎ板の網代張り、玄関土間は鉄平石の方形貼りである。

温室の暖房は、まだ重油のボイラーを使っていたので、職員が宿直をして監視に当っていた。
ボイラーマンの夕食は自炊だったので建物の北側に台所があり、我々も昼食をそこでとっていた。

台所の外側の小さな庭に、野鳥のための 「給餌台」 があって、いろいろな種類の鳥が集まってきた。
窓ガラスのすぐ近くだったけれど、小鳥からは中が見えないせいか、間近で観察することができた。

事務所の先輩職員に野鳥の詳しい方がいて、小鳥の性質や名前の覚え方を教えていただいた。
今、海に近いブルーボネットでは、藪に住む小鳥だけでなく海鳥も多いので楽しい観察ができる。

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《きれいな緑色のメジロ 蜜柑をついばむ姿が愛らしい》

2010年02月23日

「土」

植物の栽培にとって、土はとても重要である。根に水分・養分および酸素を供給する場なのである。
堆肥を含んだふかふかした土壌に良い植物が育つ。“花づくりは土づくり” と言われる所以である。

土壌を構成するのは、まず鉱物、すなわち粒子の細かい粘土やシルト、粒の大きな砂や礫である。
それに加えて、動物の遺骸や植物の腐った有機物 ( 「腐植」 「腐葉土」 などと呼ばれる) である。

理想的な土壌の構造は 「団粒構造」 であるといわれる。鉱物だけの 「単粒」 より優れている。
粘土やシルトは水はけが悪い。砂や礫では、降った雨がすぐに浸透してしまって水もちが悪い。

「団粒」 は大小の鉱物が、腐植が接着剤になって “おむすび” 状の塊となったものである。
団粒内部には失われにくい水が残り、団粒と団粒の隙間は水はけがよく酸素も供給されるのである。

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2010年02月20日

「灰」

意地悪じいさんが叩き割り、かまどでくべてしまった 「臼」 の灰を正直じいさんはもらって帰った。
その灰を枯れ木に振りかけると桜の花が一斉に咲いたという。昔話 「花咲かじいさん」 である。

絵本には、桜の木に登ったお爺さんが、手に持った籠から盛んに灰を撒く姿が描かれる。
しかし私は、灰を振りかけたのは枯れ枝にでなく、根元に撒いたのだと思えて仕方がない。

昔から 「草木灰」 は作物の肥料として使われてきた。カリ分が多くリン酸や微量要素も含んでいる。
カリは 「根肥」 ともいわれ、茎や根の成長に欠かせない。リン酸は 「実肥」 といわれ・・・

開花や結実を促進する。桜の根に施せば、見事な花を咲かせること請け合いである。
灰は、かつては囲炉裏や火鉢、焼き物の釉薬などいろいろな用途に使われていた。

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    《炭火に南部鉄の鉄瓶 懐かしい風景である》

2010年02月17日

「環境教育」

次の2枚の写真は、どこの “公園” の遊び場だと思いますか?

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それが何と、かの有名な世界一の植物園、イギリスの 「キューガーデン」 なのです。
植物園の中になぜこんなに立派な子供コーナーがあるのでしょう? 

キューガーデンは学術的な研究だけでなく、次世代の子供教育にとても力を入れています。
小さいうちから植物に親しみ、その過程で自然や生物についての正しい知識を学んでいく。

そのための 「教育プログラム」 がたくさんあるそうです。楽しみながら学んでいくのです。
この遊具コーナーも、子供たちが植物園に足を運びたくなるような工夫のひとつなのでしょう。

ブルーボネットのお客さまの約10%が幼児です。しかし小中学生はあまり多くありません。
小中学校に、遠足や野外学習の場として選んでいただけるよう努力する必要があると思います。

2010年02月14日

「ダンディー」

もしも女性にほめてもらえるとして、最も言ってほしい言葉を選ぶとしたら 「ダンディー」 である。
逆に、絶対に言ってほしくない言葉は 「イケメン」 (言われるわけがない!!) である。

「DANDY」 は “お洒落な男性” と訳す。“すばらしいもの” “一流の” という意味もある。
趣味のよい服装、鍛え抜かれた体 (マッチョということでなく)、爽やかな身のこなし。

外見だけでなく内面も大切。さり気ない知性、軽妙な会話、前向きな意欲と実績への自信。
俳優で言うなら 「風と共に去りぬ」 のクラーク・ゲーブル、「ローマの休日」 のグレゴリー・ペック、

「ザ・ロック」 のショーン・コネリーといったところか。日本では森繁久弥をあげたい。(古い?)
「ダンディー」 は生まれつきのものでなく、自分の努力で築き上げるところが好ましい。

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   《姿形が美しいコウヤマキ 世界三大造園木といわれる》

2010年02月11日

「東海道の渡し舟」

東海道は江戸・日本橋から京・三条大橋に至る、約500kmにもおよぶ街道である。
途中いくつかの川を渡るけれども、海を渡るのは唯一 「宮の宿」 から 「桑名宿」 までである。
「七里の渡し」 という。熱田神宮近くの宮の渡しには灯台の役割を果たす常夜灯が残っている。

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《海側から見た宮の渡し 丸の中が 「常夜灯」 右側は 「時の鐘」 》

渡し舟は、4~50人乗りの大型舟から、数人乗りの小型舟まであったようである。
安藤広重の浮世絵には、宮の渡しの岸壁近くに停泊する帆舟が描かれている。
約4時間の船旅の後、到着するのは桑名の渡し。海が荒れることもあり東海道の難所の一つだった。

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       《桑名の渡しには 伊勢神宮 「一の鳥居」 が建てられている》

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