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2007年11月 アーカイブ

2007年11月03日

「ガーデンライフ」

私が、社会人として最初の職場「東山植物園」に勤め始めたころ、
「ガーデンライフ」という雑誌があって、当時の園芸界をリードする存在でした。

庭の作り方から草花の栽培、庭での生活のあれこれまで幅広く掲載した雑誌で、
毎月の購読を楽しみにしていました。

ところがこの雑誌は、大阪花博のころをもって廃刊となってしまいました。
「ガーデニング」がブームになり始めたころのことであり、とても惜しいことと感じました。

大量に買い貯めた月刊誌は、書棚のスペースの関係で処分してしまいましたが、
この雑誌名の「ガーデンライフ」という言葉は、今も私の中に生きています。

「ガーデニング」といえば、庭づくりとか園芸といったイメージですが、
「ガーデンライフ」というのはそれに加え、庭を利用し楽しむという言葉だと思います。

例えば、このごろ各地で「オープンガーデン」が流行し始めています。
せっかく丹精込めた美しい庭ですから、是非、友人にも見てもらいたいという活動です。

また、ブルーボネットでもよく見かける光景ですが、
車椅子に乗られた高齢者の方々が、実ににこやかに花を愛でています。

ベランダでのハンギングバスケットづくり、庭でのバーベキュー、公園でのウオーキングなど、
人それぞれ、いろいろな「ガーデンライフ」を楽しんでいるのだと思います。

私たちは、花や庭を、つくり・飾るだけでなく、いかに利用し・楽しむかということに、
もっと心を配り、知恵を働かせてもいいのではないでしょうか。

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       《英国 ハンプトンコート・フラワーショーの展示・・・
        ガーデンテーブル、ジャグジーまで販売されていた》


2007年11月06日

「黄色いコスモス」

今年の秋花壇は、イエローをテーマに構成した。
その中心が黄色いコスモス、品種名イエローガーデンとイエローキャンパス。

10月も中旬になると、花を次々に咲かせて風情のある花壇となった。
なんとか広く知ってほしいと思っていたところ、中日新聞がカラー記事を掲載してくれた。

この影響はとても大きく、電話での問い合わせを次々にいただく。
特に土曜日、日曜日はたくさんのお客様がおいでになり花を楽しんでいる。

近ごろ殺伐とした記事が多い。
しかし、ほのぼのとした花の話題も多くの人が見ていてくださるのだ。 

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         《風情のある黄色いコスモス、今月18日頃までが見頃》  

2007年11月09日

「自己紹介」

私は昭和21年6月生まれの61才。いわゆる「団塊世代」のかろうじて一歩手前。
この3月まで名古屋市の職員として38年間、公園緑地一筋に仕事をしてきました。

スタートは東山植物園。その後、公園の維持管理や設計、街路樹の植栽など。
久屋大通公園、鶴舞公園、ランの館や徳川園も担当しました。

造園の技術者として、仕事や人との出会いにも恵まれ、楽しく働いてきました。
さらに第二の職場として、このブルーボネットに勤めることができ、幸せを感じています。

それだけに、ブルーボネットをもっと多くの人たちに訪れていただきたいと考えますし、
そのためにも、もっと素晴らしい庭園にしなければと考えています。

幸い、スタッフは皆若く、前向きで勉強熱心です。
私も一緒になって美しくて楽しい、面白くて興味深いブルーボネットにするよう頑張ります。

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       《森田高尚(たかひさ)と申します。どうぞよろしくお願い致します。》

2007年11月13日

「日本丸・海王丸」

航海練習帆船の「日本丸」と「海王丸」が、今月9日からガーデンふ頭に停泊している。
2隻が同時に名古屋を訪れるのは6年ぶり、「名古屋港開港100周年記念」を祝うものである。

11日の日曜日には、両船でセイルドリル(帆を張る訓練)が行われた。
4本のマスト(メインマストは海面から46m)に実習生が36枚の帆(畳1673畳分)を張る。

午後2時頃には、帆を満々と張った見事な姿を現した。
対岸の、ブルーボネットのある潮見ふ頭からも遠望することができる。

この日は普段にも増して、大きなカメラを抱えたお客さまが目立った。
ブルーボネットの船着場から望遠レンズで撮影するのである。

さらに、ガーデンふ頭とブルーボネットを往復する「水上バス」に乗り込んで船から写す人も多い。
そのために、28人乗りの水上バスが満席となり、臨時便を出すほどの盛況ぶりであった。

ブルーボネットは、海や船を見ることの出来る全国でも珍しい庭園であり、
豪華客船や帆船の航行、夏冬の名港花火が見えるという「おまけ」も付いている。

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   《水上バスから撮影した「海王丸」、停泊は14日まで、その後は神戸へ向かう。》

2007年11月15日

「スローライフ」

滔々(とうとう)と流れる小川の水を背景に、花菖蒲にとまったショウジョウトンボ。
この写真をものするのに30分もの時間が必要だった。(6月13日に撮影)

毎日一度は園内を歩くので、どこに何が咲いているかは頭に入っている。
今、どんなトンボが飛んでいるかも知っている。

それでも、この写真を撮るのに30分。あちらに飛びこちらにとまる。
飛ぶ姿は難しいし、とまっていても構図を考え背景を選んでいるうちに、また飛び立ってしまう。

昨年までなら、こんなにゆったりした気持ちにはなれなかっただろう。
第二の仕事なので、少しゆとりのある立場にしてくださいとお願いした。

これからは、ちょっとスローな仕事、スローな生活を心がけたい!
このごろセグロセキレイを見かけるようになった。カメラを持って園内を歩くこととしよう。

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      《ショウジョウトンボのほかにギンヤンマやシオカラトンボもたくさんいる》

2007年11月19日

「鶴舞公園98歳の誕生日」(11月19日)

鶴舞(つるま)公園は名古屋の代表的公園である。
いや、名古屋のというより日本を代表する公園と言っていい。

名古屋では、明治43年に「第10回関西府県連合共進会」という一大イベントが開催された。
当時は殖産興業が謳われ、産業博覧会が各地で開かれた時代である。

この共進会は“このときをきっかけに名古屋の街が大発展した”と賞されるほどの盛況であった。
先だって開かれた「愛知万博」を思い浮かべれば当たっていると思う。

その会場になったのが、今の鶴舞公園である。
会場造成前は一面の水田で、少し西を流れる精進川(現新堀川)の開削土砂で埋め立てを行った。

明治43年(1910)は名古屋開府300年に当たり、その記念イベントとしての意味もあった。
その前年、明治42年11月19日が鶴舞公園誕生の日である。

公園が今のような形になったのは、少し遅れて大正に入ってからである。
共進会での中心的な施設であった噴水塔と奏楽堂をそのまま残して、造園設計が行われた。

全体計画は、当時の公園設計第一人者本多静六林学博士によるものである。
我が国にはまだ、西洋文化としての公園は東京の日比谷公園のみという時代であった。

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              《私の大好きな景色 JR鶴舞駅側からの噴水塔》


2007年11月20日

「公園の父」

今日は、鶴舞公園の設計者本多静六博士のことを書きます。でもその前に・・・
昨日、写真を間違えて「奏楽堂」を貼ってしまいました。ごめんなさい。次の写真が「噴水塔」です。

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それでは・・・ 

本多静六博士は「日本の公園の父」と呼ばれている。
我が国最初の洋式公園「日比谷公園」の設計を皮切りに、全国各地の公園づくりを手がけた。

北は北海道から南は鹿児島まで、設計した公園の数は“大小合わせて数百”にのぼるという。
明治42年に誕生した、我が「鶴舞公園」もそのひとつである。

江戸末(1866年)生まれの静六は、苦学をして東京山林学校(現東大)を卒業した。
23歳のときに一流の林学者を目指して、当時最先端の技術を誇るドイツへの留学を果たす。

帰国後、東京農科大学(現東大)助教授となり、32歳で日本初の林学博士となる。
翌年東京帝国大学の教授になり、多数の専門書を著すなど、黎明期の日本林学の基礎を築いた。

山林の保護と人々の健康に深い関心をもっていた静六は、国立公園の創設にも力をつくした。
そして、専門の「森林美学」を応用した公園設計にも腕を振るうようになったのである。

とにかく一生懸命に学び・働く静六は、若いときから「人生計画」を立てていた。
少し前時代的であるし私のような凡人にはとても真似できないが、面白いのでここに掲げてみよう。

【人生計画総括表】
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2007年11月24日

「ちょっとティータイム」

久しぶりに新幹線に乗った。
京都まで30分ちょっと。

ころあいの時間だったので、車内売りのコーヒーを飲むこととした。
ホットコーヒーを頼むと、「ミルクと砂糖はいかがですか」と言う。

以前の記憶では、小袋に砂糖・ミルク・かくはん用のスティックがセットになって入っていた。
私は砂糖を使わないので、いつも勿体ないと思いつつ捨てていた。

「ミルクだけお願いします。」と言いながら、少しいい気持ちになった。
だれかが無駄なサービスに気づき、改善したのに違いない。

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          《こんなサービスなら資源の無駄づかいにはならない?》

2007年11月28日

「ワイルドフラワー」

直訳すると「野生の花」ということになるのだけれど、
必ずしも「野生」に限ったものではありません。

園芸用の品種であったり、外国に分布する植物も含めて、
種播きなどにより美しい花畑ができるような種類を総称して言います。

もともとアメリカで発達した花による景観形成技術のひとつで、
高速道路などの広い区域を、やや粗放的な管理によって美しくしようとする手法です。

ブルーボネットでは、「ワイルドフラワーの里」や「シーサイドプロムナード」に
広い面積の花壇があって、春から秋にかけて一面に咲き誇ります。

ここには約40種類の種子を混合して播いてありますので、
次から次へと移り変わっていく「花のリレー」を楽しむことができます。

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          《ワイルドフラワーの里での種子吹きつけ・・・11月26日》

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          《春にはこんなに美しいお花畑に!・・・写真は今年の4月》

2007年11月30日

「冬の花」

写真はユリオプスデージー。キク科の常緑低木、南アフリカ原産。
11月ごろから咲き始め、翌年の春すぎまで咲き続ける。

日本の冬は花の少ない季節である。
その中で、大型の株になるこの花は、人の目を引くのに充分なほど魅力的である。

花の咲いていない時期にも、白い軟毛をもつ葉が灰緑色を呈し、株物としても観賞できる。
園芸植物としては「お得な」種類と言えるだろう。

左奥に見える赤いベンチのあるこの庭は「ちょっと懐かしい木漏れ日の庭」と名付けられている。
ブルーボネット開園当時、中部電力の若手社員グループが猛勉強の末にデザインしたお庭である。

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           《半球形に整った樹形 寒空の中でも暖かな雰囲気》

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