鶴舞(つるま)公園は名古屋の代表的公園である。
いや、名古屋のというより日本を代表する公園と言っていい。
名古屋では、明治43年に「第10回関西府県連合共進会」という一大イベントが開催された。
当時は殖産興業が謳われ、産業博覧会が各地で開かれた時代である。
この共進会は“このときをきっかけに名古屋の街が大発展した”と賞されるほどの盛況であった。
先だって開かれた「愛知万博」を思い浮かべれば当たっていると思う。
その会場になったのが、今の鶴舞公園である。
会場造成前は一面の水田で、少し西を流れる精進川(現新堀川)の開削土砂で埋め立てを行った。
明治43年(1910)は名古屋開府300年に当たり、その記念イベントとしての意味もあった。
その前年、明治42年11月19日が鶴舞公園誕生の日である。
公園が今のような形になったのは、少し遅れて大正に入ってからである。
共進会での中心的な施設であった噴水塔と奏楽堂をそのまま残して、造園設計が行われた。
全体計画は、当時の公園設計第一人者本多静六林学博士によるものである。
我が国にはまだ、西洋文化としての公園は東京の日比谷公園のみという時代であった。

《私の大好きな景色 JR鶴舞駅側からの噴水塔》
