今から40年ほど前のこと、私の最初の大仕事は「合掌造りの家」奥の日本庭園づくりであった。
東山植物園では、このころ再開発計画が始まっており、その目玉事業のひとつである。
アカマツ、コナラ、アラカシなどの自生する谷全体を、樹林を生かしながら庭園の設計をする。
最上部に滝をつくり、渓流、池、沢から沼へと水を流し、その環境に合う山野草を植栽する。
測量作業を行なっているとき、少し急な斜面地に陶器のかけらが露出しているのを見つけた。
少し掘ってみると、どうも窯跡らしい。市の文化財担当課に連絡して発掘することになった。
現れたのは鎌倉時代の登り窯(あな窯)。猿投山古窯跡群に連なる東山の古窯であるとのこと。
上屋根をかけ、焼けた粘土壁に固化剤を塗布して保存する。庭園の名所のひとつになった。

《焼き物をつくるには 粘土・水・焚き木にする樹林の3つが必要条件》
【このH-101号窯の調査研究に当たられた名大の楢崎彰一先生が、
今月10日に亡くなられたとのこと。ご冥福をお祈りします。】
