「大名庭園 その2」
尾張二代藩主光友は、家督を長男綱誠に譲った後、大曽根に隠居所を造営する。
「大曽根御下屋敷 (おしたやしき) 」 という。現在の東区徳川町に位置していた。
その跡地の一部が、徳川園 (美術館、蓬左文庫および庭園) として公開されている。
光友の当時は、江戸 「戸山荘」 同様の広大な敷地 (約44ha) にお屋敷と庭園があった。
庭園内の池泉には、舟遊びに使う16挺立の舟が浮かべられていたという。
現在の徳川園は、都市公園と徳川美術館敷地を合わせても約6haほどである。
平成16年秋、新たな日本庭園が築造された。この地は熱田台地の北東端に位置している。
台地の上部と斜面はシイノキなどの照葉樹林、下部の沖積層には海に見立てた池が整備されている。

《牡丹の名所としても知られている ゴールデンウィーク前後が見ごろ》







